遺伝型値

メンデル遺伝形質を例にして

この記事では、量的形質がどのように親から子に受け継がれるかのモデルを考えてみます。 例として、ある植物(2倍体)の花の色を取り上げます。 この形質は,完全なメンデル遺伝形質だと仮定します。 つまり、この花の色は染色体上の1箇所の遺伝子座によって完全にコントロールされていて,環境の影響はありません。 これは量的形質ではありませんが、量的形質の遺伝継承を考える上での簡単なモデルなのです。

遺伝子型値

この遺伝子は、花の色素量を調節します。 その遺伝子が色素を作らないなら、花の色は白になります。 色素が十分に作れるときは、赤い花になります。 色素量がそれらの中間であれば、花の色はピンクになります。 色素の発現量を5段階のスコア(1が白で5が赤)で表せば、花の色は数値で表現できます。

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色素量を決める遺伝子は2種類あり、それぞれAとaと表記します。 Aは色素を作る遺伝子、aは色素を作らない遺伝子です。 これらの遺伝子をアリル(または対立遺伝子)と呼びます。 個体の持つアリルの組み合わせ(遺伝型)は、AA、Aa、aaのいずれかになります。 それぞれの遺伝型の発現値(遺伝型値)は、以下のようになるでしょう。

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念のため書き下すと、AAの遺伝型値は5、Aaは3、aaは1です。 さて、これらの遺伝型値には明らかな傾向があります。 遺伝型がaa -> Aa -> AAと変化するにつれ、つまりアリルAを1つ多く持つたびに、数値が2ずつ大きくなっています。 グラフで示すと、遺伝型とその値は以下のように直線上に並びます。

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このような傾向があるとき、アリルと遺伝型値との関連は相加的(加算的)であるといいます。 そして、この条件下で展開される議論は、相加的モデルに従うといいます。

平均値とアリルの効果

さて、アリルA単体では、遺伝型値をどのくらい増やす効果があるでしょうか。 アリルAは数値を2増やす効果があるように見えますが、そうではありません。 アリルAを1個多く持つのは、アリルaを1個減らすのと引き換えですから、これも考えなければなりません。 これは、遺伝型値を平均からの差で表現するとはっきりします。

たとえば、これら3つの遺伝型が同じ割合で集団に存在するならば、これらの遺伝型値の平均は3です。 上の表は、以下のように表現できます。

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この表現は、以下のことを意味します。

  • どの個体も、等しく遺伝平均値3を発現する能力を持っている。
  • ただし、アリルAを1つ持つ個体は発現値が+1になり、アリルaを1つ持つ個体は-1になる。
  • つまり、遺伝型値は、遺伝平均値3とアリル効果の合計値である。

アリルAは遺伝型値に+1の貢献を、アリルaは-1の貢献をする効果があると言えます。 どちらの効果も、符号が違うだけで絶対値は同じです。 これは相加的モデルを想定しているからです。

相加的モデル

ここまで検討したことをまとめます。

この例では、遺伝型値がそのまま表現型の値に反映されます。 式で表せば、以下の関係が成り立っています。

表現型値 = 遺伝型値

相加的モデルが仮定できれば、上の遺伝型値は以下のように分割されます。

表現型値 = 遺伝型平均値 + アリル効果の合計値

このアリル効果の合計値は、平均をゼロとしたプラス・マイナスの数値で表現されます。

相加的モデルでの遺伝継承

さて、上で示した相加的モデルものとで、遺伝型値がどのように親から子に受け継がれるかを考えてみます。 親が取りうるパターンは、AA x AA, aa x aa, AA x Aa, AA x aa, Aa x Aaの5通りです。 それぞれの交配パターンと、生まれる子の組み合わせを以下に示しました。 この図には各個体の遺伝型値も掲載してあります。

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この図から、以下の事実が読み取れます。 親がAA x AAまたはaa x aaの場合、子は親と全く同じ遺伝型をとります。 つまり、親と子の遺伝型値は同じです。 両親の遺伝型が異なる場合、子の遺伝子型はさまざまに分離します。 中には両親よりも大きな値を持つもの、あるいは小さな値を持つものが現れます。 そうであっても、子の遺伝型値の平均をとると、両親平均と同じになります。 たとえばAa x Aaの交配では、子はAA:Aa:aa=25%:50%:25%のようにばらつきますが、その遺伝型平均は3になり、両親平均値と同じです。

上で示した関係は、遺伝型値ではなくてアリル効果の合計値でも成り立ちます。 つまり、上の図の遺伝型を、AAで+2に、Aaで0に、aaで-2に置き換えても、子のアリル効果の平均値は両親平均に等しいことがわかります。

相加的モデルの意味するところ

メンデルの法則が厳密に当てはまる状況ならば、上で示した遺伝継承の規則性は、以下のようにまとめることができます。

  • 相加的モデルでは、子の遺伝型値(アリル効果の合計値)は、メンデルの法則に従って分離する。
  • 子の遺伝型値の平均は、親の遺伝型値の平均値と同じである。

あとから検討しますが、親の世代の遺伝平均値と子の世代の遺伝遺伝平均値は同じである、という事実も間接的に得られます。

この例では、たった1つの遺伝子座だけを考えましたが、これを複数の遺伝子座が関与する場合に拡張することができます。 たとえば、2つの遺伝子座があり、それぞれA/aとB/bのアリルが独立に表現型に関与するならば、上の相加的モデルは以下のようになります。

表現型値 = (遺伝型平均値1 + アリル効果の合計値1) + (遺伝型平均値2 + アリル効果の合計値2)

これは結局、以下のようにまとめることができます。

表現型値 = 遺伝型平均値 + アリル効果の合計値

このように複数の遺伝子座の効果をまとめても、上記の規則性は常に当てはまります。

相加的モデルの仮定は、動植物の改良にとって非常に便利です。 両親のアリル効果合計値を推定できれば、子の遺伝型値を予測することができます。 つまり、大きな数値をもつ親を選んで交配すれば、子も平均して大きな数値を持つことになるということです。 そして、子の遺伝型値がどのくらいばらつくのかも、ある程度は予測できるでしょう。 これは、交配によって遺伝型値の低い個体がどのくらい生じるかを見積もる(リスクを評価する)のに有用です。

一般の場合

さて、ここまでは、特別に作られた例に基づいて議論してきました。 遺伝型値が相加的であり、すべての遺伝型が等しく集団内に存在し、さらにいくつかの理想的な条件もありました。 この議論を一般化するならば、以下の2つの問題を解決する必要があります。

問題1: 平均値とアリル効果

ある集団にはAA個体しか存在しないとしましょう。 この場合、上で示した遺伝型値の平均は5になり、各遺伝型値は以下のようになるでしょう。

  • AA: 平均値5 + 0
  • Aa: 平均値5 - 2
  • aa: 平均値5 - 4

さて、この状況ではAaとaaの個体は存在しないので、それらの遺伝型について議論する意味はありません。 そして、AAの全個体の遺伝型値は、平均値と同じ5です。 アリルAを持っていても、平均値からプラスにもマイナスにもなりません。 つまり、アリルAの効果は0です。

最初の例で示した集団ではアリルAの効果は+1なのに、この極端な集団ではアリルAの効果は0です。 つまり、アリルの効果は、集団内にAA、Aa、aaがどの割合で存在しているかによって異なるということです。 これは、アリル効果が「メリット」であると考えれば、より明確になります。 つまりアリル効果は、そのアリルを持つことで、集団平均よりもどのくらい表現型値が大きく(小さく)なるかを表しています。 みんなが同じアリルを持ってしまえば、そのアリルは平凡なものになり、そのメリットは消滅します。

問題2: 優性の存在

メンデルの法則では、アリルの片方が優性であることが想定されています。 つまり、AaがAAと同じ発現をするということです。 この場合、遺伝型値は以下のようになります。

  • AA: 5
  • Aa: 5
  • aa: 1

この遺伝型値は相加的ではありません。 この状況では、アリルAが増えれば単純に値がどのくらい増えるかを議論することはできません。 しかし、相加的モデルは育種において非常に有用なので、この状況でもそれが利用できる方法を考える必要があります。

次の記事では、この相加的モデルを一般的なケースに拡張します。