メンデルの法則とモデル

メンデルの法則は,遺伝の原理を簡潔にあらわしたものです。 複雑な遺伝現象を単純化して,できるだけシンプルなルールだけで説明しようとしています。 このように,複雑な現象を人間が理解できるよう,その本質を抜き出して単純化したものをモデル(model)といいます。 メンデルの法則は,まさに遺伝現象のモデルなのです。

モデルを当てはめることは,何らかの仮定をおき,いくつかの事実を無視することです。 そのため,現実の事象をおおよそうまく捉えることはできるでしょうが,完璧ではなく,ときに例外が生じます。 そして,その例外を説明するため,モデルはさらに拡張されてゆきます。

メンデルの法則は,遺伝現象を確率で説明するモデルです。 このモデルのうち,もっとも単純なものは,2倍体の生物を仮定して以下のように記述できます。

  1. ある形質には遺伝子が関与すると仮定する。
  2. その遺伝子には2つのタイプがある。記号で書けば,Aまたはaである。これをアリルという。
  3. それぞれのアリルは,機能を持っている。たとえば豆の色ならば,Aは黄色でaは緑色を発現するはたらきがある。
  4. 各個体は2個のアリルを持っていると仮定し,その2個の組み合わせ(遺伝型)で遺伝子の発現が決まる。記号で書けば,遺伝型はAA,Aa,aaのいずれかである。
  5. 異なるタイプのアリルを持つ個体,つまりAaは,Aまたはaのどちらか一方が発現する。発現するほうのアリルを優性(顕性),覆い隠されるほうのアリルを劣性(潜性)という。
  6. 親は,自分の持つ2個のアリルのうちの片方だけを子に伝える。どのアリルを伝えるかはランダムである。もしその生物に父と母がいるなら,子は父と母からそれぞれ1個ずつアリルを受け取る。これを分離の法則という。
  7. もしこれ以外の遺伝子が存在するなら,上記の仮定は,それぞれの遺伝子ごとに別個に当てはまる(独立である)。たとえば,Aとaのほかに,別の遺伝子Bとbがあるなら,上記のルールはA/aとB/bにそれぞれ当てはまる。これを独立の法則という。

メンデルの法則で最も重要なのは,分離の法則です。 親から子に遺伝子を伝えるプロセスは,完全にランダムだと仮定しているのです。 つまり,親のもつどちらのアリルが伝わるかは確定できませんが,その確率は50%ずつだと想定しています。 このおかげで,遺伝現象のモデルは,確率理論と統計学を用いてより精密化できるようになるのです。

さて,上記のモデルは,ごく単純な遺伝様式を持つ形質には当てはまりますが,一般の形質には当てはまりません。 つまり,その近似には限界があります。

  1. これは常に正しいと仮定する。
  2. 2種類以上のアリルが存在することがある。たとえばABO式血液型では,A,B,Oの3種類のアリルが存在する。
  3. それらのアリルが機能を持っている必要はない。この場合,遺伝子ではなく遺伝マーカーと呼ぶほうが混乱が少ない。
  4. その形質の表現型が遺伝子で完全にコントロールされているなら,この記述は正しい。もし,その表現型が遺伝と環境の両方で決まるなら,遺伝的発現は環境の影響で変化するかもしれない。また,性染色体上の遺伝子は必ずしもこの仮定には当てはまらない。
  5. 初等的な遺伝学の教科書では,これを優性の法則と呼ぶが,これは例外が多すぎて法則と呼ぶのはふさわしくない。Aaの発現は形質によって異なり,必ずしもホモ接合体と同じにはならない。
  6. その遺伝子が性染色体上にあれば,この仮定は必ずしも成り立たない。
  7. 異なる遺伝子が同染色体上に連鎖していれば,この法則は成り立たない。また,遺伝子間に相互作用があるなら,遺伝子の発現も独立であるとはいえない。

このように,多数の例外があるにもかかわらず,メンデルの法則は遺伝の基本原則として教科書には必ず採用されています。 この法則にいくつかの拡張を加えれば,簡潔さを保ちつつ,例外にもいくらか対応できます。 そして,これが実際に細胞内の染色体の挙動と合致し,遺伝物質の継承のモデルとしても優れています。 また,メンデルの法則は,遺伝継承だけでなく,遺伝的変異(表現型の個体差・多様性)を説明するための基礎にもなるのです。