量的遺伝学

量的遺伝学とは,量的形質を対象とする遺伝学です。端的には,ある量的形質について,それがどのように親から子に遺伝継承されるか,ある集団における遺伝的な個体差(遺伝的多様性)はどのくらいあるか,を扱う学問です。

量的形質は,遺伝要因と環境要因の両方が表現型に影響する形質です。加えて,表現型に関与する遺伝子は1個だけでなく,多数が関与すると想定される形質でもあります。多数の要因が表現型に影響するところから,複合形質と呼ばれることもあります。生物の身長(体長)や体重(重量),植物の子実の数,さらには生物の寿命(死亡までの日数)など,かなり多くの形質がこの性質を満たすと言えるでしょう。結果として,量的形質の多くの表現型は,連続的な数値をとります。なお,表現型が数値でなくても,上記の性質を満たすものであれば,それは量的形質です。たとえば疾病に罹患したかどうかを考えると,その表現型は「罹患した」か「罹患しないか」の二者択一であって数値ではありません。しかし、多数の要因が関与すると想定できるならば,それは量的形質なのです。

一方,上記の性質を満たさない形質は,質的形質とよばれることがあります。初等的なメンデル遺伝学の例としてあげられる形質(エンドウの豆の色など)は,多くが質的形質です。これらは,環境の影響を受けず,1つないしは少数個の遺伝子で完全にコントロールされており,表現型は離散的なカテゴリで表示されます。

このblogで私は,量的遺伝学にまつわる話題を,動物育種への応用を見据えて,できるだけ平易な言葉で記したいと考えています。そのため,中には厳密でないばかりか,過剰な単純化を図ることもあるでしょう。また,多くの話題は,私の専門である育種価の予測法と分散成分の推定法に関連します。動物の育種は,遺伝評価法,選抜法,交配様式,集団の遺伝的構成,育種計画の立案,遺伝子座の発見など,極めて多くの分野から構成されています。それらは量的遺伝学,集団遺伝学,統計学,計算機科学に深く結びついています。私の理解の限界から,このblogで紹介する話題には限りがあります。必要に応じて,この分野で定番とされている(そして現在でも容易に入手できる)専門書や論文を紹介することで,厳密で詳細な議論をするかわりにしたいと考えています。

遺伝育種学の専門家が日本語で書いた,量的遺伝学の総説は以下のWebサイトで読めます。前者は主として動物を,後者は植物を専門とする研究者によって書かれています。出版されてから時間が経過していますが,歴史的経緯についての記述は現在でも十分に参考になります。